浮遊感のあるメロウな色彩で 「夢」の世界へ誘う

あの絵を描く、あの人は、どんな人生を送って、どんなことを考えながら生きてきた?

Casieに所属する人気アーティストにインタビューするこの企画。

第11弾は、吉永 蛍(よしながほたる)。神奈川県生まれ、神奈川県在住。大学卒業後、図工の先生として勤めた経験を経て、現在はお絵かき教室の先生としても活躍しつつ、自身の作品では夢と現実の間に淡く浮かぶ「メルヘンな世界」を描く。

「夢日記」を毎日つけているという彼女の描く世界は、単なる「夢の世界」ではなさそうだ。淡い色彩の中に浮かぶ違和感や、現実世界と混じるような感覚は、誰しも夢から覚めた瞬間に感じたことがあるもの、なのかもしれない。


吉永 蛍(よしながほたる)
神奈川県出身・神奈川県在住。多摩美術大学​絵画学科油画専攻​卒業。高校時代に油画と出会い、本格的に創作活動を始める。美大卒業後は、図工の先生としての勤務を経て独立。現在はお絵かき教室の先生を続けながら作品制作を行い、数多くの受賞歴や展示実績を持つ。
web site:https://www.hotaruyoshinaga.com/
Instagramhttps://www.instagram.com/hotaru_yoshinaga/


「夢」と「現実」の間に浮かぶ、違和感


ーー枕元に常備した「夢日記」に、毎晩みた夢を記すという吉永さん。「夢」をモチーフに作品を描き始めたのは、いつ頃ですか?


吉永 蛍(以下、吉永) :美大に入ってからですね。ちょうどその頃から「夢日記」を始めたんです。元々は、何かを見ながらデッサンしたりすることが好きだったんですけど、それだけじゃなくて、夢の中で見たものを作品に取り入れたら楽しいんじゃないかって。


一滴の雫、広がる風景、始まる話


ーー吉永さんの作品から想像する「夢」って、かなりメルヘンで幻想的なものなんですけど、実際に見ている夢も、そういう世界観なんですか?


吉永 :いえ、皆さんと同じように、怖い夢やシュールな夢、現実的な夢も見ます(笑)。作品を描くときは、その中のワンシーンを切り取っているようなイメージで、実は作品の中には夢の中に出てきた“かなり現実的なモチーフ”も混じっていたりするんですよ。一見メルヘンなんですけど、よく見るとドキッとするような。


「思い入れ」が強すぎるモチーフは描けなくなる


ーー元々絵を描くようになったきっかけは、なんだったんですか?


吉永 :1番最初の始まりでいうと、5歳くらいの時ですね。絵を描き始めるのと同時に、本作りを始めたんです。画用紙を折って重ねて本を作って、そこに折り紙で登場人物を作って、上からクレヨンで絵を描いて、物語を作っていましたね。


夕焼け時、地の果てに辿り着く


ーーそれは、どんな物語だったんですか?


吉永 :「動物」が出てくる物語が多かったです。物語を作ることと、夢を描くことは、なんだか似ているような気がしていて。夢って、自分が考えていたことが出てくるじゃないですか。つまり、自分が頭の中で無意識に作り上げた物語なんですよね。


ーー確かにそうですよね。そう考えるとなんだか不思議です。動物が出てくるのも、今の吉永さんの作品と繋がる部分がある気がします。


吉永 :そうですね。その頃から動物が大好きだったんですけど、特に「猫」が大好きでした。家でも飼っていたし、野良猫を可愛がったりもしていて。


ーー作品に「猫」は、あまり出てこないですよね?


吉永 :思い入れが強すぎて、逆に描けなくなってしまうんです(笑)。自分の中で思い入れの強いものや動物、特定されてしまうような人物の顔は、あまり描かないようにしていて。


ーーなるほど。「思い入れの強いものをあまり描かない」というのには、どんな意味があるんですか?


吉永 :思い入れの強いものを描けば、ついそのモチーフが目立ってしまうと思うんです。私の場合は、自分の思いを前面に押し出すことよりも、絵を観る人自身に、色々なことを想像して欲しいので、多視点的な作品にしたくて。なので1つの主人公を大きく描くのではなく、画面のあちこちに目がいくようにしています。自分の中で「これがメイン」というモチーフはあったりするんですけど、それを大きく描いたり真ん中に描いたりしないのは、その為です。


雲のように流れる話

見る人の視線をあちこちに誘う、120号の大画面の作品です。雲が白くまになったり、空が海になったり…。青の世界の中で、静かだけどダイナミックな物語が生まれ、動き出します。 / 吉永


ーーなるほど。たしかに吉永さんの作品を観てみると、どれも「これが主人公」とはっきりしたモチーフがないですよね。


吉永 :そうですね。ふわふわと上から俯瞰して、夢を見ているようなイメージで描いています。


ーーだから画面全体を見渡して、何が描かれているのか探すのが楽しいんですね。


吉永 :そういう風に観て欲しいなと思って描いているので、そう感じてくれるのは嬉しいです。


引用:「ぐりとぐら」なかがわえりこ(著)、おおむらゆりこ(イラスト)


ーー少女漫画だとどんな作品が好きでした?


吉永 :『りぼん』の読者だったのですが、『神風怪盗ジャンヌ』は、特に好きでした。漫画を読んでいても、絵が上手いなぁと思う作品ばかり好きでしたね(笑)。それと同時に「美術の世界」にも興味を持ち出して、美術室に置いてある本や、先生の描く作品から刺激を受けるようになりました。


ーー美術の道へ進もうと思ったのも、その頃ですか?


吉永 :本格的に画材を揃えて絵を描き始めたのは、高校生になってからでしたね。中学生の時に、教科書でマグリット(ルネ・マグリット)の絵に出逢って、高校生になってから、六本木の森ビルでやっていた「マグリット展」に行って、そこから画材を揃えて描き始めました。当時はバドミントン部に所属していので、部活が終わって帰って、毎日家で絵を描いていましたね。


ーーその後、美大へ進学した吉永さんですが、美大で過ごす時間の中で、大きく変わったことはありましたか?


吉永 :かなりあったと思います。他の人の作品を観る機会が増えたので、絵を描くだけがアートじゃないし、色々な表現方法を知ったのが大きかったです。自分自身も、絵だけじゃなく、写真や版画など色々な表現方法を経験しました。その中で、私には「絵」しかないと思えたことも、美大に行ったからなのかもしれないです。


ーー「絵」しかないと思えたのは、なぜ?


吉永 :単純に、他のことをやっても、全然しっくり来なくて(笑)。どれも未完成のまま終わってしまったんですよね。もちろん「絵」も、自分の中ではまだまだ満足いくような作品になっていないけれど、自分の世界は見えているような気がするんです。


図工の先生とアーティストの両立


ーー前回のインタビューから、しばらく時間が経ちましたが、最近は主にどんな活動をされていましたか?


吉永 :展示をしたり、舞台に登場する絵の制作をさせてもらったりしていました。


ーーへー! どんな舞台だったんですか?


吉永 :「夢と現実の間」を描いた作品でした。私の絵のテーマとすごくぴったりですよね(笑)。実際に舞台を観に行ったのですが、普段ギャラリーに飾るのとは全く違う見え方で、すごく感動しました。今は小さい子供がいるので、大きな作品は描けていないのですが、もう少し落ち着いたら、また100号くらいの大きな作品の制作も始めたいです。


ーーお子さんが生まれる前は、学校で先生の仕事をされていたんですよね。


吉永 :はい、大学を卒業した後は、小学校で図工の先生をしていました。そこから先生の仕事を辞めて、絵の活動を本格的に始めたんですけど、お絵描き教室は、今でもたまにやっています。


黄色い花の物語


ーー元々、大学時代は図工の先生になりたいと思っていたんですか?


吉永 :いえ、最初は「アーティストとして食べていきたいな」と思っていました。でも、大学で色々と活動をする中で『あそびじゅつ』という子供と一緒に造形あそびをするプログラムを体験して、「絵を教える仕事もいいなぁ」と思ったんです。先生やりながらなら、自分の作品づくりも続けられるんじゃないかなって。


ーー実際にはどうでした?


吉永 :実際は、あまり時間に余裕がなかったです(笑)。自分が中学・高校の時に見ていた美術の先生って、美術室で自分の作品を描いているイメージだったんですけど、私は小学校の先生だったのもあってか、学校の仕事でいっぱいいっぱいでしたね。


ーーそれが、先生の仕事を辞めるきっかけになったり?


吉永 :そうですね。あとは、先生をしながらだと、副業になってしまうので、作品の販売ができなかったことも理由です。でも、子供に絵を教えることはすごく好きなので、今でもお絵かき教室は続けていて。子供の絵を見るのは、私にとってもすごく刺激になっています。


ーー子供の絵ってすごく素直だし、決して大人には描けないものですよね。


吉永 :そうそう。本当に「ストレート」なんですよね。絵の中では、実物の大きさとかは関係なくて、自分の好きな物を大きく描いたり、とても分かりやすいんです。家の中とか車の中が透けていたり、そういうのを自然に描けちゃうのってすごいなって。逆に子供から教わることも、すごくたくさんありますね。


制作風景

(引用:https://www.instagram.com/p/Bt3WrkMjiAS/?igshid=gtd8fbh7ydqh)


ーー吉永さんが、制作をする過程で、1番テンションの上がる瞬間はいつですか?


吉永 :作品を描いている、その瞬間が1番楽しいですね。完成すると、少し寂しくなっちゃうくらいで。


ーー描き上げた作品に対しての感情って、作家さんによってそれぞれ違うと思いますが、吉永さんはどんな感情を持っていますか?


吉永 :どちらかと言うと、未練がないタイプだと思います。自分の手元に置いておくよりも、誰かの手にわたることの方が嬉しいので。でも、他の作家さんが「絵を手放したくない」と言っているのを聞くと、そこまで思い入れが強くなるような作品を描けたんだ! と思って、すごく羨ましくなりますね。


あ、でも最近は、自分の子供の後ろ姿を絵に入れることもあるので、そういう作品は、ついつい思い入れが強くなっちゃうかも。あえて顔は描かずにいるんですけど、それでもなんだかすごく大切に感じますね。



Best Art Spot

吉永さんがアートを感じるスポット


横浜みなとみらい21 / 神奈川県 横浜市


引用:Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%AA%E6%B5%9C%E3%81%BF%E3%81%AA%E3%81%A8%E3%81%BF%E3%82%89%E3%81%8421


地元でもある横浜の「みなとみらい」の景色が大好きです。みなとみらいというと夜景のイメージが強い人も多いと思うのですが、私は昼間の景色もすごく好きなんです。空が拓けていて、海と空が一体となっている感じとか、自然だけでなく人工物もある感じとか。その絶妙なバランスは、私の作品とも共通点があるような気がします。周りには美術館やギャラリーも多いので、アートが好きな人なら、周りを散歩をするのもおすすめです。


My Rule

吉永さんが絵を描く上でのルール


「描く前に、散歩へ出かける」


絵を描き始める前には、必ず「散歩」へ出かけるようにしています。まずは、なんとなく頭の中で描きたいもののイメージを浮かべて、そのイメージに近い風景を探すような感覚で。散歩をしているうちに、ふわふわしていたイメージが固まってきたり、もっといいイメージが湧いてきたり。気づいたら、江ノ島までたどり着いていた、なんてこともありました(笑)。