「線が美味しそうだった」 線に惹かれ「線」を描き続ける男のルーツに迫る。

あの絵を描く、あの人は、どんな人生を送って、どんなことを考えながら生きてきた?

Casieに所属する人気アーティストにインタビューするこの企画。


第3弾は武 盾一郎(たけじゅんいちろう)。東京都に生まれ、埼玉県に育つ。埼玉県・上尾市にギャラリー兼アトリエを構えながら繊細かつ迫力のある「線画」を描くアーティスト。

武さんのルーツを辿り、その独特な世界観の原点と、アートに対する意識に迫ります。


武 盾一郎(たけじゅんいちろう)

東京都生まれ・埼玉県在住のアーティスト。中学生頃〜20代前半までは、バンドを組み音楽活動を行う。25歳頃、バンドの解散や失恋など環境の変化をきっかけに、当時芸術大学に通っていた妹のすすめで、本格的に創作活動を開始。ストリートでの創作活動を経て、現在は自宅ギャラリーを拠点に、音楽標本などの「細画」を中心に制作を行なっている人気アーティスト。


ルーツにあったのは
「団地」と「線」


— 今回は、武さんのルーツをもっと深掘りしたいなと思っています。以前のインタビューでは、絵を描き始めたのは25歳頃だったとお話されていましたよね。


武 盾一郎(以下、武) :そうそう。でも、改めて思い出してみると、実はかなり小さい頃から絵を描いていたんですよね。


3歳くらいの頃に、埼玉県の上尾市にある団地に引っ越してきたんですけど、その団地の部屋中にクレヨンで絵を描きまくっていたんです(笑)。


「絵を描く」という概念も自覚もない状態だったんですけど、手の届く範囲の壁や襖に描きまくっていて(笑)。なぜか、母親はそれを怒る事なくそのままにしていたんですよ。


— 普通なら、めちゃくちゃ怒られそうですが!


 :あまり関心がなかったのかもしれないですね。当時、僕と妹と母親の3人暮らしで、母は学校の先生をしていたので、すごく忙しくて。


なので、今「僕、家中に落書きしていたよね」と言ったとしても、母親は「そうだっけ?」という感じなんですよ。



↑「線譜『時空のアンビエント II』」


— その頃は、どんな物を描いていたんですか?


 :それが面白くて。普通、子供の落書きって何かを描いているんですけど、僕は「何か」を描いていなかったんですよね。「線」をぐちゃぐちゃ描いているだけだったんです。


それって、今にすごい繋がるなって。僕が最初にアーティスト活動を始めたときにしていたこととも、同じなんですよね。


— 他にも、幼いころに見て覚えている風景はありますか?


 :団地の風景は、すごく覚えていますね。おそらくなんですけど、団地の似たようなモノがずっと並んでいる風景には影響を受けていたような気がします。


子供の頃に、よく見た夢があって。家に帰ってくると、風景は同じなんだけど、住んでいる人が違うんですよ。すごく怖い夢なんです。


それが何かに関係しているかは分からないけれど、子供心に同じだけど少し違う「コピーされたもの」の不思議さに、何かを感じていたんじゃないかな。



↑DIYでリフォームを始めた自宅ギャラリー《13月世大使館》


— 面白いですね。遡っていくと、武さんのルーツがどんどん見えてくる気がします。


 僕は、今「音楽を描いています」「線譜を描いています」って、かっこ良く言っているけれど、それって実は小さい頃から何も変わっていなくて、記憶が定まる前の行動がリフレインされているような気もして。


僕が今こうやって、この歳になっても絵を描いているっていうことは、自我が発生する前の何かを蘇らせようとしている行為なのかなって。


そんな事を、こじ付けかもしれないけれど考えてみたり(笑)。




手塚治虫の描く「線」が美味しそうだった


— 幼い頃は無意識の中で絵を描いていたり、夢を見ていたり。自我が発生してからは、どんな物に影響を受けましたか?


 手塚治虫さんの漫画ですかね。影響、という訳ではないんですけど、覚えていることがあって。


手塚治虫さんの描く「線」が、すごく美味しそうに感じたんですよね。



長編冒険漫画 鉄腕アトム [1956-57・復刻版] 1/手塚治虫 より引用


— 「美味しそう」とは? 食べ物を描く線ですか?


 いやいや、全部の「線」なんです。体のパーツにしろ、何か物を描く線にしろ、「線」が美味しそうで、よだれが垂れそうになったんです。


だから、僕が今「線画」を描いているのも、理屈ではポロック(ジャクソン・ポロック)に影響されて……とか言っているけれど、原点を辿れば「手塚治虫漫画」なんですよね、きっと。


— 「線が美味しそう」なんて、聞いたことないですもん(笑)


 僕は、最初から「線」に興味があったんだなって思いましたね。部屋中に落書きしていたのも「線」だった訳だし。


その後は、小学校高学年くらいで、「EARTH WIND & FIRE」のジャケットを描いている長岡秀星さんのイラストに興味を持って。


それは、全く線ではないんですけど、その神秘主義めいた世界観やアイコンにすごく惹かれましたね。



太陽神(期間生産限定盤) 限定版/アース・ウィンド&ファイアー より引用


— テイストは違えど、武さんの描いている世界観と通じるモノがある気がします。


 :そうなんですよね。なので、案外子供の頃から感覚は変わっていないんです。




未だに、
絵を描くことにドキドキする


— その後、25歳で当時やっていたバンドの解散や失恋をきっかけに、絵に没頭することになったそうですね。


 :そうですね。その時は、本当に「絵に救われた」って思いましたね。



↑「線譜『はなうた空中散歩』」


— 今までも絵を描いていたのに、改めて「絵を描くことで救われた」と感じたのってなぜだったんですか?


 :その時に初めて救われたというよりも、それまでは救われたという自覚がなかったんだと思います。ずっと救われていたのに。


ただ、その時に色々あって、「絵を描くことに救われていた」ってことを明確に感じたんですよね。


— なるほど。その後、立ち直っても絵を描き続けていますもんね。


 :当時は、自分の表現したい欲求があって、苦しみがあって、それを吐き出すことが表現衝動だったので、自分の悲劇性や悲しみ、怒りみたいなものを全部吐き切ったら、スッキリして「表現」がいらなくなるんだろうなって思っていたんです。


でも、幸せに過ごす中でも「絵を描くこと」をやめなかったんですよね。僕くらいの年齢になれば、アーティストをやめていった仲間も結構いるんですよ。


彼らは、ある程度苦しかった何かを吐き切ってサッパリしたり、他の大事なものを見つけて、そっちにシフトしたりしたんだと思うんだけど、それはそれですごくいいことなんですよね。


そんな中、僕が今も絵を描いているのは「たまたま」なんじゃないかなって。でも未だに、次描きたいテーマが見えてきた時には、なんかドキドキしちゃうもんね(笑)。




「芸術」と「お金」の関係性について


↑武さんのアトリエ


— 武さんは今、自宅にアトリエ兼ギャラリーを構えて制作をされていますが、他にもお仕事はされているんですか?


 :毎日ではないですが朝1時半に起きて、牛乳配達の仕事をしています。かれこれ7年くらいは続けているかな。


— 朝早い! というより夜ですね。


 :そうそう(笑)。その前は、アーティスト活動をしながら、父親がやっている制作会社でデザインの仕事をしていたんですけど、父が亡くなってからは、ちゃんと食っていかないとって思って、今の仕事を続けていますね。


それまでは、新宿の段ボールハウスに絵を描いたり、被災地に行ってコンテナハウスに絵を描いたりとか、お金にならないけれど、自分にとっては芸術だっていうことをやっていたんですけど。


「お金」じゃなくて、「画材や食べ物」をなんとか確保できるようにしながら絵を描いていて、資本主義の外側で生きれないかみたいなことをすごく模索していたんです。


— その考えは、どう変化していったんですか?


 :僕もそうだったんですけど、「芸術」というものを志した時に、お金を悪いイメージに捉えてしまうアーティストって多い気がするんですよね。「金儲けの為に、絵描くの?」とか。


お金を儲けることは、自分が生きていく為に必要なことなのに、それに対抗するというか、そこの価値観から脱出するのはすごく大変でしたね。


— 確かに、そこを葛藤しているアーティストがかなり多い気がします。


 :もちろん本心は「お金じゃない」って思いなんですけどね。今は、例えば受注案件とかもすごく楽しめるようになりました。


例えば肖像画のお仕事も受けるんですけど、昔は肖像画ってクリエイティビティを抑え込まれて、しょうがなくお金の為に描くものというイメージが強かったんですけど、いざやってみると、スッゲー面白かったんです。


自分1人で描いている時には思い付かないような表現方法を獲得できたりとか。楽しめば、何だってプラスになるんじゃないかなって思うんです。




絵の世界で遊ぶ時間が楽しい


— ちなみに、武さんが1番テンション上がるのっていつなんですか?


 :んー、ひょっとしたら、画材を買っている時かもしれないです(笑)。もちろん買ってみて失敗だったこともありますけど、基本的には買えば解決するじゃないですか。


それに比べて、自分の納得いく作品を描くのって、努力してもできるとは限らない。「買う」っていう行為は、確実性がすごく高くて、もうテンション上がっちゃう訳ですよ(笑)。


— なるほど(笑)。


 :あとは、何かアイデアを思いついた瞬間や、夢想している時間が楽しいですね。絵を描く作業自体は、意識の上では楽しいか楽しくないかって、あまり自覚できないところがあって。


だけど、1日が終わってみると、じんわりと充実感があるんですよね。絵を描いたことによって、無意識が喜んでいる感じがするんです。


— 作品が完成した時は、そんなにテンション上がらないんですか?


 :僕の場合、出来上がると寂しくなっちゃうんですよね。それがいいことなのか分からないけれど、絵を描いている間って、ずっとそこの世界で遊んでいるような感覚で。


出来上がってしまうと、現実に帰らなきゃいけなくて。「あーあ、出来上がっちゃった」っていう感じですね。僕が目指しているのは、自分が描いたことを忘れてしまった頃に、自分の作品をたまたま見て「この絵を描いたの誰だ、すげー」って思うことが、目標なんです。




Best Art Spot

武さんがアートを感じるスポット


丸山公園 / 埼玉県



育った街でもあり、現在住んでいる街でもある埼玉県・上尾市の「丸山公園」が好きです。


小学校の頃、公園が出来上がる前にも遊びに行っていたりと、すごく愛着のある広くて美しい公園ですね。


今もよく、制作の合間に散歩をしに行ったりします。他には、神社や仏閣巡りも好きですね。何かを見る時間は、すごく大事な時間だと思っています。




My Rule

武さんが絵を描く上でのルール


基本的に座らず、立ったまま制作しています。足には、青竹を踏んだりして。頑張って描いている時は、1日中立っていることも(笑)。


最初は腰痛対策でやり始めたんですけど、だんだん立っている方が描きやすくなってきたんです。


座って描くと、どうしても上半身で描く形になるんですけど、立って描くと全身を使って描いているんですよね。だからか、すごく細い線でも全身が関与しているんです。