あの絵を描く、あの人は、どんな人生を送って、どんなことを考えながら生きてきた?
Casieに所属する人気アーティストにインタビューするこの企画。
第6弾は下田 和弘(しもだかずひろ)。熊本県に生まれ、熊本県に育つ。現在は熊本県にある自宅兼アトリエにて、過去・現在・未来をテーマにした抽象画『rebirth of memory』シリーズを制作している。
そんな彼が描く作品の特徴でもある「鮮やかな色」に隠されたルーツや、『rebirth of memory』に込められた想いなど、幼い頃の記憶から辿ります。
下田 和弘(しもだかずひろ)
熊本県出身、熊本県在住。国際美術大賞展 大賞受賞をはじめとし、多数の受賞実績を持つ実力派アーティスト。黒をベースに鮮やかな色彩が乗せられた『rebirth of memory』シリーズが人気であり、日本のみならず、ニューヨーク・上海・パリ・ドイツなど、国内外の展覧会に出展している。
カラーテレビの「鮮やかな色」に惹かれて
— 下田さんが絵を描くことが好きになったのは、小学3年生の頃だったそうですね。何かきっかけがあったんですか?
下田 和弘(以下、下田):私は昭和生まれなものですから、当時のテレビはカラーではなく白黒だったんです。なので、初めて父親がカラーテレビを買ってきた時は、本当に衝撃的でした。その「色」の鮮やかさに感動したんですよね。それがちょうど、小学校3年生の時だったんですけど、その色に心を打たれてしまった私は、テレビを観ながら、キャラクターを描いたりして、よく遊んでいました。
— 「色」に惹かれた部分が強かったんですね。
下田 :そうですね。白い紙さえあれば、いつだって絵を描いていました。もしも、テレビが白黒のままだったら、僕が絵を描き始めることもなかったかもしれないですね(笑)。
rebirth of memory - 02
— それからはずっと絵を描いて遊んでいたんですか?
下田 :そうですね。中学生になっても、絵に対する熱は続きました。スポーツもやりながら、美術クラブに入って、放課後はいつも絵を描いていましたね。
— 当時の事で、何か記憶に残っていることはありますか?
下田 :学校行事の写生大会では、ほとんど入賞・入選していたのを覚えています。私には、弟がいるんですけど、弟は絵が下手だったんですよ。なので、写生大会がある時には、必ず私が代わりに描いてあげていたんです。描いてあげた、まではいいんですけど、それが入選してしまうことがよくあって(笑)。
— それは、ちょっと気まずいですね(笑)
下田 :そうそう。誰にも言えないし、嬉しいような、嬉しくないような……(笑)。
— そうすると、当時から、人よりも絵がうまいという自覚はあったんですね。
下田 :んー、“少しだけ”ですね。でも、小学5年生くらいの時には、周りの友達の似顔絵をよく描くようになっていました。それが、よくある漫画タッチの似顔絵ではなくて、本物そっくりに描く、リアルなタッチの似顔絵だったんです。鉛筆だけで描いていたのに、あまりにもそっくりだったから、みんなにびっくりされていたのは覚えていますね。
— そんな小学生、周りにいなかったです(笑)。その頃から「画家になりたい」とか、「絵で仕事をしたい」という気持ちはあったんですか?
下田 :当時は、全然なかったですね。でも、30代で一度ブランクを経験してから、もう一度本格的に描き始めた時には「絵で食べていきたい」という気持ちでした。でも、絵の世界は厳しいですからね。それも分かった上で、お客様に気に入っていただいて購入していただけることが、何より嬉しいし、何かの形で作品を残していけたらと思っているんです。
塗り潰した「黒」が、スランプから救ってくれた
— 30代で一度絵を描くのをやめていたとのことですが、それはどんな理由から?
下田 :家庭の事情も含めて色々なことが重なってしまって、31歳から37歳くらいまでの期間は、絵を描く気持ちに、なれずにいたんです。
— そうだったんですね。その後、また絵の世界へ戻ってきた下田さんですが、当時は今のような抽象画ではなく、具象画を描いていたそうですね。
下田 :そうですね。スランプを抜けて、また絵を描き始めた時にはまだ「具象画」を描いていました。当時は「風景画」を描くことが多かったのですが、地元で活躍している作家さんも、風景画を描いている人が多かったんですよね。そうすると、どうしてもみんな似たような感じに思えてきてしまうんです。なので、誰かの展示を観に行くたびに、「やっぱり抽象画へ転向すべきなのかな」と悩んでいました。抽象画って、観ている人の感情を揺さぶることができるじゃないですか。それに比べて、風景画は、そうではないなと思って。もちろん、画力に対する感動はありますけど、気持ちが揺れることはなかったんです。
— たしかにそうかもしれないですね。抽象画に惹かれる中で、特に影響を受けた作家はいますか?
引用:ワシリー・カンディンスキー Wassily Kandinsky (Vassily Kandinsky) 「Silent Harmony. 1924」 額装アート作品
下田 :カンディンスキー(ワシリー・カンディンスキー)の作品を観た時は、本当に衝撃でしたね。街を散歩している時に、ふらっと立ち寄ったお店に貼ってあったポスターに、見入ってしまって。それがカンディンスキーの絵だったんです。お店の人に尋ねると、カンディンスキーのことを教えてくれて。その時に「やっぱり自分は抽象画を描きたい」と、はっきり思ったんです。
— そこから、今の下田さんの画風に変わっていったんですね。
下田 :そうですね。今思えば、色々なことが繋がるんですよ。スランプに陥った時期に、途中まで描いていた風景画を、黒で思い切り塗り潰してしまったことがあって。黒で塗り潰していく時に、隙間から見える色の鮮やかさが何とも言えなくて……。なので、今でも「黒」という色は、どうしても入れてしまいますね。最初の出発点が、黒く塗り潰したことだったので、黒に助けられたような気がしていて。今も下塗りの段階で黒を塗ることが多いです。
rebirth of memory ー(T)
— 下田さんといえば『rebirth of memory』シリーズですが、このテーマは、抽象画に転向した当時から変わらないんですか?
下田 :はい、ずっと変わらないですね。
— 『rebirth of memory』は、和訳すると『記憶の再生』ですが、どんな意味が込められていますか?
下田 :このシリーズには、「過去」「現在」「未来」が込められています。「過去」の記憶には、喜び・悲しみ・苦しみなど、人生経験の中から溢れ出る感情表現、「現在」は日々の生活や心の内面から生まれる喜怒哀楽、「未来」はキャンバスに塗り込まれた人生が凝縮されています。観てくれた方それぞれが、自分の人生や思いと重ねてくれたら嬉しいですね。
— この『rebirth of memory』というテーマが、生まれたきっかけは何だったんですか?
下田 :最初は、タイトルを『再生』だけにしようと思っていたんです。でも再生っていうのは、様々なシーンで、よく使う言葉なので、色々な捉え方があるじゃないですか。だったら『記憶の再生』の方が伝わりやすいかなと思ったんです。生命がある以上は、記憶の中から色々なものが生まれてくるし、生きている限りは、色々なものを思い出す。でも、その「過去の記憶」があるから今がある、という考え方もできる。繰り返し、記憶の中で思い出す様子を絵に込めつつも、どこかで「未来」も感じて欲しいですね。
— 『rebirth of memory』シリーズは、Casieに登録されているだけでも数十作品ありますが、それぞれの作品によって、込めている想いは違いますか?
下田 :そうですね。私は、音楽を聴きながら絵を描くことが多いのですが、その時々で感情を揺さぶられながら描いているので、それぞれ違うと思います。聴く音楽も本当に様々で、色々な記憶を辿りながら、色々な出来事を思い出しながら、キャンバスに気持ちを乗せていくイメージですね。
「絵」がなくなったら、自分には何も残らない
— ちなみに現在は、絵を描くこと以外にお仕事はされていますか?
下田 :はい、他の仕事もしながら、絵を描いています。まさに「二足の草鞋」という感じですね。でも、私の中では「絵を描くこと」が、生活のメインなので、その時間を作れるように仕事をしていますね。昔は、夜仕事から帰ってきて、夜中から朝まで絵を描いて、また仕事へ行って、という生活をしていたこともありましたけど(笑)。
— え、ほとんど寝れていないじゃないですか。
下田 :そうそう、常に睡眠不足状態だったんですよ(笑)。でも、それでは持たないので、今はうまく時間を調整して両立しています。もちろん、食べていくためには仕事も大事なんですけど、自分の場合は「絵」がなくなったら、もう何も残らないですから……。
rebirth of memory (I)
— 今は、どんな風に「仕事」と「絵」を両立しているんですか?
下田 :仕事の時間帯を、早くしました。朝6時から昼の3時まで仕事をして、そのあとの時間は、アトリエにこもって、絵を描く時間に充てています。
— アトリエは、ご自宅にあるんですか?
下田 :そうなんです。昨日も1日中こもっていましたね。今は、100号の作品を仕上げている最中なので、かなり集中しないといけなくて。仕事の時間以外は、常にキャンバスと向き合っています。特に今は、個展を控えているので、かなり忙しく描いていますね。
— 今回の個展のテーマは?
下田 :個展は今回が3回目なんですけど、今回は全部新作でいこうと思っています。海外のアートフェアに出展していることもあり、なかなか時間が取れなかったり、大変ではあるのですが、今年はオリンピックの年、というのもあって、自分も「飛躍の年」になるように頑張ろうかなって思っています(笑)。
それぞれの『rebirth of memory』を見つけて
— 絵を描く理由というのは、作家さんによって様々だと思いますが、下田さんはいかがですか?
下田 :まずは、最初に「絵が好き」ということがありますね。でも、自分の気持ちを伝えたいということよりも、楽しく描きたいということの方が、私の中では強いかもしれません。あとは、観てくれる人が、どんなことを感じてくれるんだろう、とワクワクする気持ちもあります。絵を描く理由を、言語化するのであれば、「自分が今生きている証拠を残したい」というのは、どこかにあるかもしれないですね。それがどんな形であったとしても、こういう作家もいるんだよっていうことは、残しておきたい。と、同時に皆さんに楽しんでもらいたいんです。だからこそ、地元のギャラリーに預けたり、Casieさんに預けたりして、誰かの手に渡るきっかけを作っているんだと思います。
rebirth of memory (R-15)
— では、下田さんが絵を描く中で、1番テンションが上がる瞬間はいつですか?
下田 :んー、絵を描いている時は、全然テンションが上がらないので(笑)、人にお披露目した時ですね。
— お客さんからコメントをもらったり?
下田 :そうそう、展示をしたりすると、お客さんからコメントをもらう機会があるんですけど、そういう時は、1番テンション上がりますね。人それぞれ、色々な解釈があるなぁと思うんです。以前、展示をした時には、お客さんが「この作品を観ていると、なんだか夢の中にいるような感じがする」と言ってくださったことがあって。嬉しかったですね。自分の中でも、色々な発見がありますし。「絵」って、頭で考えるものではなくて、自分の直感のまま、想像の中で色々な解釈をするものだと思うので。
— 特に下田さんの作品は、人それぞれ、色々な解釈ができそうです。
下田 :そうなんです。そういう意味も込めて、Casieさんに預けている作品には、番号やアルファベットだけ振って、サブタイトルはつけていないんですよ。
— そういう意味だったんですね!
下田 :はい。なんか似たタイトルばかりになってしまって、お客さんにも申し訳ない気がしちゃうけど(笑)、その方が皆さんの自由な解釈で観てもらえるような気がして。
— たしかにサブタイトルがあると、もう「それ」にしか見えなくなっちゃいますもんね。
下田 :そうなんですよ。なので、自由に解釈をしてもらっていいと思うんです。
それぞれの『rebirth of memory』を見つけてもらえれば、嬉しいですね。
Best Art Spot
下田さんがアートを感じるスポット
阿蘇山 / 熊本県
引用:http://www.city.aso.kumamoto.jp/tourism/spot/peripheral/
私が生まれ育ち、今も住んでいる熊本県にある、阿蘇山(あそさん)は、私にとって大切な場所ですね。距離的には約2時間かかりますが、自宅からも眺めることができます。阿蘇のパノラマは、本当に美しいですよ。まだ訪れたことのない方は、ぜひ一度訪れてみてほしいです、一度じゃ見切れないくらいの広さですけど(笑)。特に「秋」の阿蘇山は、紅葉が美しいのでオススメです。冬景色も、もちろん美しいですが、阿蘇は本当に寒いですからね。同じ熊本県でも、熊本市内と阿蘇山は、完全に別世界なんです。
My Rule
下田さんが絵を描く上でのルール
「コーヒーは、1日4杯まで」
絵を描く前には、大好きな「ブラックコーヒー」を必ず飲みます。そして、休憩の時には、またコーヒーを1杯、また次の休憩にも1杯……。長時間の制作の時にはついつい飲みすぎてしまうので、「1日4杯まで」と決めています(笑)。