あの絵を描く、あの人は、どんな人生を送って、どんなことを考えながら生きてきた?
Casieに所属する人気アーティストにインタビューするこの企画。
第2弾はシガリョウタ。愛知県・豊田市に生まれ、自宅で描いた大きな壁画をきっかけに、絵を描くようになったというシガさん。
様々な仕事を経験する中、たった1つ辞めなかったのは「絵を描くこと」だけだったという彼の、波乱万丈でドラマチックなストーリーに迫ります。
シガリョウタ
愛知県生まれ・愛知県在住のアーティスト。中学生の頃、自宅の外壁に大きな壁画を描いたことがはじまり。アパレル、役者、納棺師、飲食店経営など様々な仕事を経験する中、たった1つやめなかったのは「絵を描くこと」だった。音楽・自然・人・全てのものからインスピレーションを受け描く作品は、日本のみならず海外でも評価を受けている。
はじめ、「絵を描くこと」は
ストレス発散の手段だった
— 以前のインタビューで、「中学生の時、自宅の外壁に大きな絵を描いたのが、絵を描くきっかけだった」と話してくれましたよね。
シガリョウタ(以下、シガ) :そうそう。僕は、愛知県・豊田市の牧場を営む家庭で育ったんですけど、ちょうど敷地内に壁がいっぱいあって、そこに描きました。
— 当時から、絵を描くことが好きだったんですか?
シガ んー、人よりは好きだったと思うけど、今みたいに毎日描いている訳ではなかったですね。どちらかというと、当時「絵を描くこと」は、ストレス発散の方法でしかなかったんです。学校の机にはいつもラクガキばかりしてたし(笑)。
壁画を描いたのは、ちょうど中学2年生の頃。学校に行かなくなっていた時期だったのもあって、すごく退屈だったんですよね(笑)。その時、急に「壁に絵描こう」って思ったんです。
↑当時、シガさんが描いた壁画。実家の牧場を継いだ兄が新聞に取材を受けた際に、この壁画も一緒に掲載された。
— 色々聞いていると、今のシガさんから想像できない部分もありますが、どんな子供だったんですか?
シガ :どちらかというと、おとなしい性格で人見知りでしたね。
— えぇ、今と全然違いますね!
シガ :小学校5年生の時に、兄を1人亡くして、ちょうどその頃からみんなとワイワイ遊ぶことが少なくなりました。家で本を読んだり、森の中で遊ぶことが多かったかも。木を拾ってきてオモチャを作ったりして遊んだり。
高校・大学時代は、陸上に打ち込んでいたのもあって、絵のことは全く考えてなかったですし。路上で音楽をやったりとかはしていましたけど。
仕事は続かなかったけど、絵だけは描いていた
— 大学卒業後は、かなりたくさんの仕事を経験したそうですね。
シガ :そうそう、コンビニのバイトから始まって、アパレル、役者、飲食店経営、ビデオショップ、などなど数え切れないくらい……。どれも全く続かなかった(笑)。
— 履歴書がとんでもないことになりそう!
シガ :うん、正直に書いたらどこも採用してくれないですよ(笑)。仕事を覚えるまでは楽しいんですけど、覚えてしまうと途端につまらなくなってしまってやめちゃうんですよね。当時はそれがめっちゃ悩みでした。
でもどうしても続けられなくて。毎回辞めるたびにすごく落ち込んでいましたね。だからこそ、いつも絵を描いてストレス発散していたんです。
ニューヨークに行って知った喜びと、とてつもない苦しみ
— 昨年の冬(2018年)に1ヶ月間渡米したそうですが、どうでしたか?
シガ :NYに滞在していたんですけど、一言で言えば、日本とは比べ物にならないくらい絵が売れました。1日に約2枚くらい売れるんですよ。
↑ 2018年冬、ニューヨークにて
シガ :本当に嬉しくて、毎日「やったー!」って感じでしたね。どこか認められたような気がして、「僕はこれで良かったんだ」と思えた1ヶ月でした。
でもその代わり、日本に帰った時の落差がすごくて。描いても描いても売れないし、僕は何の為に絵を描いているんだろうとか、すごく考え込みましたね。
時には、苦しくて叫んでしまうこともあったり。それから3ヶ月間くらい、納得のいく作品が描けない時期が続きました。
— そこからどうやって、立ち直ったんですか?
シガ :考えて考えて、考えすぎた結果、「日本と海外の違い」とか「何で売れないんだ」とか、そんなことを考えている時間って、芸術を作っていく上で、すごく無駄だと気づいたんです。
そこから徐々に「成功したい」「売れたい」みたいな考えが薄れてきて、自分の中の芸術や、誰も見た事のない芸術を作り出したいっていう感情が上回っていったんですよね。
— NYで作品が売れるなら、NYに拠点を移してしまおうという選択肢もありましたか?
シガ :もちろんありました。でも、日本で売れないから海外に行くっていうのは1番良くないと思っていて。今でもNYで勝負はしてみたいし、留学もしたい。
けど、住むのは日本がいいですね。NYはすごく華やかな街だけど、僕は日本ならではの文化とかお寺や神社が大好きだし、自然の多い場所が好きなんですよね。
飲みすぎていたお酒を、缶ビール1本にした
— 帰国して約1年、最近は主にどんな活動をしていましたか?
シガ :帰国してからは、あまり外に出ず、ひたすら制作をしていました。あとは、東京のアートフェアに出展したり、本の装画に僕の作品を使っていただいたり。
あ、最近は制作のしかたも変わったんですよ。
↑小説の装画に。アートフェアでシガさんの作品を見た、作家さんご本人よりオファーを受けた。(「うれしげ」小泉綾子)
— 以前は、常にお酒を飲みながら絵を描いているイメージでした。
シガ :よく言われます(笑)。でも、最近はだいぶ変わりましたよ。昔はめちゃめちゃにお酒を飲んで、かなり酔っ払った“無意識の状態”で絵を描くことが多かったんですけど、NYから帰って色々考えるうちに「もっと冷静な状態で描きたい」って思ったんです。
お酒を飲むと、確かに想像力は高まるんですけど、それも限度をすぎると逆効果で……。お酒を飲みすぎると想像力が低下するっていうことは科学的に証明されているみたいなんです。
お酒を控えめにするようになった今、その意味をすごく実感しています(笑)。
— へえ! 知らなかった...
シガ :で、想像力を高めるのにちょうどいい量が、ちょうど缶ビール1本くらいらしいんですよ(シガさんが聞いた話によると)。
なので、最近は缶ビール1本におさえて制作しています(笑)。
↑「人間の世界について描いた作品です。僕らが見ている現状の世界に、たった1本の線が入るだけで、全く別の世界になる。僕らが目で見ている世界は、果たして本物なのだろうか…?(シガ)
それでも、まだまだずっと絵を描いていたい
— そういえばシガさんって、画家以外に仕事は何かしているんですか?
シガ :今は、トラックの運転手をやっています。朝方からお昼にかけて仕事をして、帰ってきて家で絵を描く。
そのルーティンが、超最高なんですよね。トラックを運転している時間は、絵を描く前の下準備みたいな感じで、色々なアイデアがどんどん浮かんでくるんです。
それを溜めておいて、帰ってから形にする、という毎日ですね。
— 仕事の時間もシガさんにとっては制作時間の一部なんですね。
シガ :そうなんですよ。運転中に見る、街の電柱とか線とか、そういうものすらアイデアに繋がっていくし、僕にとっては絶対に必要な時間ですね。
だからか最近では、「絵だけで独立したい」っていう気持ちが全くなくなってきています。
僕の場合、どうしても間に人やお金が入ると、自分の好きなように絵が描けなくなってしまうので、それが何より苦しいんですよね。しかも、運転手の仕事は僕の制作にすごくプラスに働いているので、これがベストなのかなと。
榎忠さんっていう、素晴らしい造形作家さんがいるんですけど、その方は制作を続けながら、定年まで鉄工所で働いていたそうです。
そういったモデルとなる人物がいるからこそ、独立しているからといってすごいアーティスト、という訳ではないことが、きちんと証明されているような気もして。
—それ、すごくよく分かります。特に日本では「1本でやっている人が正義」的な風潮が強いような気もしますが、全然そんなことなくて。
シガ :そうなんですよね。その考えに辿り着いた瞬間、すごく楽になりましたね。
好きな絵を描けて、大切な家族もいて、お金にも困っていない。自分の思い描いた理想が全て叶っている、この状況って、「成功している」と言えるんじゃないかなって。
そんな満足のいく状況の中、それでもまだまだ僕は絵を描きたくて仕方がない。「あぁ、僕は本当に絵を描くことが大好きなんだな」って、毎日毎日思うんです。
Best Art Spot
シガさんがアートを感じるスポット
大徳寺 / 京都府
美術館やギャラリーに足を運ぶことも多いのですが、つい研究的な目線で観てしまうので「アートを楽しんでいる」とは、また違うのかも。
それ以外でアートを感じる場所は、神社やお寺。静寂な空気がすごく好きで、京都に住んでいる頃は、よく行っていました。
特に、京都市・北区にある「大徳寺」は、思い入れのある場所です。嫁と出会ったのが京都だったのですが、一緒に住むとなった時に、2人とも大徳寺が大好きやったんで、家をすぐ近くで決めたくらいです(笑)。
美しい建築もそうですが、自然と心を落ち着かせてくれる場所なので、悩んだ時によく足を運んでいた、という思い出もあります。
Must Item
絵を描く上で欠かせないモノ
1本の缶ビール
最近は、1本だけ飲んで絵を描くのが日課です。