あの絵を描く、あの人は、どんな人生を送って、どんなことを考えながら生きてきた?
Casieに所属する人気アーティストにインタビューするこの企画。
第16弾は、吉野 公賀。吉野さんが描くのは、現実世界とは少し離れた、どこか妖しくも美しい世界。違和感すら感じるその風景は、自身の心境から生まれるものがほとんどだという。
元々、建築の仕事をしていた吉野さんが、絵を描き始めたのは、目の病気を患ったことがきっかけだった。そんな吉野さんの原点となる記憶や、作品に込める想いを紐解きます。
吉野 公賀(よしのとものり)
岐阜県出身、岐阜県在住。元々は、建築の仕事をしていたが、緑内障の発症により右目の視力をほとんど失う。その頃、手術を受けたことをきっかけに絵を描き始める。その後、日本各地での個展や、海外のアートフェアへの出展、ニューヨークでの個展など精力的に活動するも、頼りにしていた左目の視力も悪化。失明への恐怖と闘いながらも、新たな表現や可能性を追い求めて活躍する。
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初めて描いた絵は「花火」の絵だった
ーー以前のインタビューでは、吉野さんが絵を描くようになったきっかけは「目の病気を患ったこと」だったと伺いました。
吉野 公賀(以下、吉野) :そうですね。ちょうど2000年頃、緑内障で右目の視力をほとんど失ってしまって。その手術をすると決まった時、直感的に『絵を描きたい』と思ったんです。今なら描けるかも、と。
陽だまり
ーー当時は、建築の仕事に就いていたそうですが、元々建築の仕事を志していたんですか?
吉野 :いえ、あまり深くは考えず、進学校へ進むよりも手に職をつけられるような専門的な勉強がしたいなと思って、工業高校に進んだ感じですね。大学でも建築の勉強をしていたので、卒業後は地元の不動産会社の建築部に入りました。そこでは、住宅の設定図を書いたりしていたのですが、約1年弱くらい経った時に、目の病気が発覚して。
ーー「会社を辞める」というのは、吉野さん自身の決断?
吉野 :はい、1年目だったので覚えなきゃいけないこともたくさんある中、仕事も忙しかったので、すごく迷惑をかけてしまうなぁと思いつつも、病気のことを調べて行くと、目が見えなくなるかもしれないということを知って。今でこそ20年も経って、こうやって元気に活動していますが、当時は、やりたいことをやらずに目が見えなくなってしまったら後悔するだろうなという思いが強くて。会社を辞める時、皆さんの前で宣言したんです。「悔いは残るけれど、この先の人生後悔の無いように生きていこうと思います」って。
当時描いた花火の絵「開花」
ーーそれまで、ほとんど絵を描いたことがなかったとのことですが、吉野さんの絵描きとしての活動はどう始まったんですか?
吉野 :直感的に生まれた想いを頼りに画材屋へ向かいました。初めて描いた作品は「花火」の絵でした。目の手術をする前に描いたのですが、もしかしたら目が見えなくなるかもしれない、最後になるかもしれない、という想いから選んだモチーフだったのかもしれませんね。美しいけれど、儚い。「花火」が、自分の心境を表していたのかもしれないです。
ーー無事手術が成功して今がある訳ですが、当時はかなり切羽詰まっていたはずですよね。
吉野 :そうですね。とにかく後悔しないようにと思いながら過ごしていました。今だったら、もっとこう描けばいいのにとか、欲が出てくると思うんですけど、当時は目の前のことで精一杯だったので、ある意味、今では絶対に描けないような素直な絵ですね。
「お金の為に絵を嫌いになるような活動だけはやめろ」
ーー今年(2020年)に入り、作風に変化があったそうですが、吉野さんにとって昔の作品と今の作品、それぞれどのようなものですか?
吉野 :僕は、仕事を辞めると決めて「絵を描く」と言った瞬間から、“プロの絵描き”としてやっていくつもりだったので、1番最初に描いた作品から最近描いた作品まで、一覧として確認できるようにしてあるんです。それは、作風が変化しても、昔の作品との繋がりを大切にしていきたいから。それぞれの作品に、当時の思い出や思い入れがあり、私自身を表しているんです。
ポルシェ356(2)
例えば、Casieさんに登録している『ポルシェ356(2)』も、ある意味思い出深い作品です。仕事を辞める前に、会社の人が「絵描きになるなら、1枚描いてもらおうかな」と絵を依頼してくれて。その時に書いたのが『ポルシェ356(2)』の前身となった『ポルシェ356』だったんですよ。ちなみにその作品は、写実的な鉛筆画でした。
ーーその方には、実際に見せたんですか?
吉野 :はい。ちゃんと見せて、お渡ししましたよ。報酬として夕食を2回ご馳走になりました(笑)。その人に言われた言葉が今も心に残っているんです。「絵を描いていく活動はすごく素晴らしいことだけど、簡単に食っていける世界じゃない。でも、お金のために絵を嫌いになるような活動だけはやめろ」って。それは今でも、僕がしっかり守り続けていることの1つですね。
プールサイドから眺めた景色
ーー吉野さんが絵を描き始めたのは大人になってからですが、幼い頃はどんな子供だったんですか?
吉野 :幼い頃は、美術の時間に描いた絵が市のコンクールに出展されたり、賞をいただいたりはしていたものの、特別絵を描くのが好きということはなかったですね。スポーツが好きで、野球やサッカーをずっとやっていました。
アトリエでの制作風景
ーー幼い頃の記憶として特に印象深く残っていることはありますか?
吉野 :僕は目が悪くなるよりも前に、耳が悪かったんです。幼稚園の時に中耳炎になって、その後も小中学校の頃に2回手術をしました。なので、水泳の時間はいつも見学していたんですよね。その時、プールサイドで見ていた景色は、今でもすごく鮮明に覚えています。
ーーそれはどんな景色?
吉野 :プールサイドで見学している時、みんなが楽しそうに泳いでいる中、僕は水面が太陽の光でキラキラ反射しているのをずっと眺めていたんですよ。すごく綺麗だったんです。今でも、川や海の水面に反射する光に心が惹かれるんですよね。目が悪いからこそ「光」をテーマに描いていたけれど、もっと昔のことを辿れば、その時見ていた景色こそが、僕の「原点」のような気がします。
空想の中に生まれる、不思議な錯覚
ーー吉野さんが、制作をする上でテンションの上がる瞬間は?
吉野 :やっぱり1番は「作品が完成した時」ですかね。完成した作品を眺めることができる瞬間は、達成感をすごく感じます。その後に「皆さんにも観てもらいたいな」という気持ちが湧いてくる感じです。
天景
ーー吉野さんの作品は、想像が膨らむ不思議な世界観が魅力だなぁと思うのですが、どんなことを想像しながら描いているんですか?
吉野 :確かに「不思議」な絵ばかりですよね(笑)。例えば『天景』、これは「循環」を表している絵なんです。雨が降って、山から水が流れて川になって、それが海になって、また……という循環。僕たち人間もある意味、地球の一部だと思うんですけど、その「人間の人生」を、自然の循環に重ね合わせている作品ですね。僕の絵は、ほとんど空想で描いているものばかりなので、色々想像を膨らませてもらえることはすごく嬉しいです。
ーー最近はコロナウイルスの影響で、思うように活動できない面も多いかと思いますが、主にどんな活動をしていましたか?
吉野 :今年は作風も変えたし、イベントとかにも久しぶりに出展してみようかな、と思っていた矢先に、こういう状況(コロナ)になってしまって。残念ですけど、しょうがないですね……。今は、新しい作風の作品がまだまだ少ないので、作品を描くことに時間を使っています。描かないことには始まらないと思っているので。
fresh air
ーー吉野さんの新たな作品を観れることが楽しみです。吉野さんが制作活動を続ける上で大切にしていることはありますか?
吉野 :「活動を長く続けるようにすること」ですね。僕の場合、良くても少しずつは目も悪くなっていくし、年齢を重ねるほどに、若い時のようには活動できない。なので今は、自分の行動は小さくして、活動範囲を広げることをテーマにしています。それは、自分1人の力では無理なので、誰かと一緒に。
作風ややり方を変えることに、もちろん不安もありますが、昔も今もトータルで頑張っているな、と思ってもらえるような絵描きでありたいですね。
Best Art Spot
吉野さんがアートを感じるスポット
岐阜城 / 岐阜県岐阜市
引用:https://www.gifucvb.or.jp/sp/kanko/gifujo/)
今ちょうどNHK大河ドラマ『麒麟がくる』の舞台としても話題になっていますが、地元である岐阜市の岐阜城が好きです。岐阜城自体が好き、というよりは、金華山の上に岐阜城があるんですけど、そこからの眺望がおすすめです。岐阜城は元々“織田信長”もいた城なので、その景色を観るとなんだか「野望」が湧いてくるような気がします(笑)。もちろん東京や大阪と比べたら田舎なんですけど、岐阜市も一応都市なんですよね。城下に流れている長良川は、都市の川とは思えないくらい綺麗な「清流」なんですよ。長良川鵜飼としても有名で、その伝統的な鮎漁は、とても幻想的ですよ。都市なのに、自然がバランスよくある感じが、すごく素敵だと思っています。僕の中では、まさに地元・岐阜市の風景が「芸術的スポット」ですね。
【スポット情報】
所在地:岐阜県岐阜市18
https://www.city.gifu.lg.jp/3537.htm
My Rule
吉野さんが絵を描く上でのルール
「好きなものを自由に描く」
思い立った時、すぐに描き始められるように、普段生活をする環境の中にPCや制作スペースを作っています。生活の中から「絵」が生まれているようなイメージですね。昔、建築の図面を書いていた「製図板」の上でも絵を描いています。