境界を歩く美術家として “あいだ”を描き、つなぐ

あの絵を描く、あの人は、どんな人生を送って、どんなことを考えながら生きてきた?

Casieに所属する人気アーティストにインタビューするこの企画。

第8弾は、わにぶち みき。大阪府に生まれ、中学時代をイギリスで過ごす。日本の大学を出て就職し たのち、30歳でまたイギリスへ。

そんな彼女が描く抽象画たちは、人と人、人と場所をつなぐ、「間」にあるものだという。幼き日の エピソードまで遡り、生涯初の作品から現在の人気シリーズ作品まで、作品のルーツを紐解きます。


わにぶち みき
大阪府生まれ、大阪府在住の絵画アーティスト。英国ボーンマス芸術大学大学院美術修士課程 修了 。近畿大学文芸学部芸術学科造形美術専攻 卒業。中学生の頃にイギリスに住んでいた経験から、30 歳の時に再度イギリスへ留学。帰国後は、個展やグループ展、アートフェアへなど国内外で幅広く活 躍中。
Instagram:https://www.instagram.com/mikiwanibuchi/
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生涯初の作品は「弟がパンを食べる姿」だった


ーー幼い頃から絵を描くことが好きだったそうですが、意識的に描き始めたのはいつだったんですか?


わにぶち みき(以下、わにぶち) :ちょうど7歳の頃ですね。生涯初の作品は「弟がパンを食べる様 子」でした(笑)。その時の気持ちは、今でも鮮明に覚えています。弟が可愛くて仕方なくて、でも この瞬間はきっとすぐに過ぎてしまうんだろうな、だから「絵」に残しておかないと……と焦りにも 似た感情を抱いていました。そして、パンをもぐもぐする弟を真正面から見つめ、何度も鼻や口を描 き直していたのを覚えています。


ーーまるで大人が抱くような感情ですよね。7歳にしては、すごく大人っぽいというか。


わにぶち :確かにそうですよね(笑)。大人っぽかったのかな? 私は、すごく小さい頃の記憶まで はっきり覚えている方なのですが、すごく色々なことに対して繊細な子供ではあったと思います。当 時から「時間の流れ」とか「ものごとの儚さ」みたいなことには、すごく敏感だったかも。お花が枯 れてしまうことがすごく淋しかったりとか。


Untitled, Walking in Tenma Project #005/100


ーー当時から、すごく感受性豊かだったんですね。


わにぶち :そうだったと思います。その後も、絵を描くことは好きだったので、スケッチをしたり、塗り絵をしたり。それを見ていた親が地域の絵画教室に入れてくれたりもしました。おじいさんと一緒にスケッチブックを持って、動物園や公園へ出かけたことがすごく印象的ですね。


ーーおじいさんも、絵を描くことが好きだったんですか?


わにぶち :そうなんです。おじいさんは、絵だけではなく物作りを教えてくれたりしました。スケッチをするようになったきっかけも、おじいさんにスケッチブックを渡されたことだったんですよね。大きめのスケッチブックを自分で買って、それを抱えてよく近所に出かけていました(笑)。


30歳、第二の故郷「イギリス」へ


ーー8年前までイギリスに留学されていたそうですが、イギリスに行こうと思ったきっかけは何だったんですか?


わにぶち :実は中学時代に、イギリスに住んでいたことがあったんです。父の転勤がきっかけで家族で引っ越したんですよね。……というのもあり、30歳になった時に「またイギリスに帰りたい」という風に思って。日本で大学の芸術専攻を卒業して、グラフィックデザインの仕事をしていたんですけど、仕事を辞めてイギリスの芸術大学の大学院に通うことに決めました。


ーーなるほど。イギリスへ帰りたいと思ったのって、なぜだったんですか?


わにぶち :中学生の時の記憶ですが、イギリスにいた時は、人がすごく優しくて、自然豊かで、すごくゆったりした気持ちで過ごせた記憶があったんですよね。もちろん大阪の人も優しいですけど(笑)。それと、「アートの授業」がすごく面白かったんですよ。


ーーへー! 日本とはどう違うんですか?


わにぶち :日本だったら「今日はこれを作ります」って決まっていて、それぞれの生徒がそのデザインをする、という感じだと思うんですけど、イギリスにいた時は、例えばインディアンの生活を写したビデオをみんなで観て、「じゃあ、次の授業から、それぞれ好きな物を作りましょう」という感じなんです。なので、それぞれ作る「もの」がバラバラで良いんですよね。インディアンの絵を描く子もいれば、インディアンの服を染める子もいるし、私はインディアンの刺繍をしていました。先生も「したいことがあったら相談してね」っていうスタンスなので、道具も材料も色々あるんです。


A gull


ーー自分の好きなように決められる分、すごく色々な発想が生まれそうですよね。


わにぶち :そうそう。すごく自由で楽しかった。「ものづくり」の核みたいなものは、イギリスで学んだような気がします。だから、大人になってまた戻りたいと思ったのかも。


ーー30歳で仕事を辞めて、海外に行くことはなかなか勇気が必要だと思います。実際に行ってみて「絵」への向き合い方など、変わったことはありますか?


わにぶち :イギリスの大学院へ行ってすぐに、先生と面談があって、日本で描いていた絵の写真を見せたんです。そしたら、先生に「君、これ何の為に描いているの?」って言われたんですよ。その質問がド直球過ぎて、あまりにも衝撃的だったので、「え、何の為って……」って思ったんですけど、「描きたいから描いてたんですけど」って正直に答えたんですよね(笑)。 そしたら「描きたいから描くっていうのは、ただの趣味だよ。プロの芸術家としてやっていく為には、社会に何ができるかっていう事を考えていかなくてはいけないよ」って先生が教えてくれたんです。もちろん、色々な考えはあると思うんですけど、日本ではそんな教え方をされたことがなかったので、そこでかなり考え方が変わりましたね。


ーーなるほど。考え方とともに「絵」に対しての向き合い方も変わった感じですか?


わにぶち :そうそう。それまでは、海の絵だったり「風景画」が多かったんですけど、何の為に描いているかとかは一切考えていなかったんですよね。でもそこからは、風景画を描くとしても「じゃあ、この水平線とか海って、私にとって何で必要だったのかな?」とか、そういう事を考え始めたんです。


ーーそこから今の画風に変わっていったんですね。


わにぶち :そうですね。画風はかなりガラッと変わって、抽象的な表現になっていきました。私にとってなぜそれが必要なのか、ということはもちろんですが「なぜそれが社会に必要なのか」を考えるようになってからは、作品を観る人と私の間や、その場所との繋がりのようなものが、濃くなっていったように思います。


台湾での展示の様子 / Photo by Gu Lang


ーーイギリスから帰ってきてからは、主にどんな活動をしていましたか?


わにぶち :イギリスから帰ってきたタイミングで、やっと「美術家」としてエンジンがかかりましたね。もっと自分から出会っていかないといけないなと自覚し始めて、色々な場所に出かけて色々な人と話をするようになりました。そこで繋がった人たちから、お仕事や展示の機会をいただくことが増えたり。2013年(イギリスから帰った年)から、略歴の行数が一気に増えました(笑)。


100枚の写真から抽出された「色」


ーー現在のわにぶちさんの作品は、抽象的な作品が多いですが、普段どのようなものからインスピレーションを得ていますか?


わにぶち :断然「風景」ですね。初めて行く知らない街で出会う風景は、特に刺激になります。風景はもちろんですが、出会った人も含めて、インスピレーション源になっていると思います。なので写真をたくさん撮って帰るようにしているんですよ。その写真を元に作品を制作することも多いですね。


Paris Grey, Walking in Tenma Project #023/100


ーーちなみに、Casieにも登録いただいている「Tenma Project」シリーズは、どんなものから出来上がった作品なんですか?


わにぶち :このシリーズは、私の住む大阪の「天満橋」あたりの風景をモチーフにしています。パッと見た感じでは、とても分からないと思うのですが(笑)。たくさん撮りためた風景写真を正方形に切り取って、モザイク処理のような事をするんです。そのモザイク1個1個の色を抜き取って、絵の具で取り出していくような。そんなプロセスで描いた作品です。



ーーそうだったんですね! 実はすごく気になっていたんです。


わにぶち :(笑)。タイトルに「023/100」のような数字が付いているのは、100枚の写真からそれぞれの色を抜き出したからなんです。作品も全部で100作品あります。レンタルしていただくときには、好きな色味を、交換しながら楽しんでいただけたら嬉しいですね。


誰かに観てもらうことは、何度経験したって緊張する


ーー個展やアートフェアへの出展など、幅広く活躍するわにぶちさんですが、制作から発表までの過程で、1番テンションの上がる瞬間はいつですか?


わにぶち :んー、もしかしたら絵が完成して「フレームに入れた時」かもしれないです(笑)。展示したりして、人に観てもらう瞬間もすごく嬉しいんですけど、それと同時にすごく緊張もするので。



ーーたくさん展示をされているわにぶちさんなので、緊張されるなんてすごく意外です。


わにぶち :毎回していますよ。「よし、完成」って思っていても、自分の未熟さは自分が1番知っているので、誰かに観てもらうことは、何度経験しても不安になるんですよね。「まだまだ未熟でごめんなさい……」っていう気分になるんです(笑)。でも、自分で満足してしまったら、きっと次に繋がっていかないのかなって。だから、満足いかないままでもいいんじゃないかなとも思うんです。

イギリスから帰ってきて8年。続けていたお仕事を辞めました。今年は「絵」1本でいってみようかなと思っているので、さらに色々な場所で作品を観ていただけたら嬉しいですね。


Best Art Spot

わにぶちさんがアートを感じるスポット


神子畑選鉱場跡 / 兵庫県朝来市


Photo by Yohei Maehata

Photo by Yohei Maehata


昨年、兵庫県の朝来市の「鉱山と道の芸術祭」に呼んでいただいたのですが、その会場でもあった「神子畑選鉱場跡」が本当に素敵でした。 選鉱場の廃墟なのですが、雰囲気がすごくかっこいいですよね。 芸術祭をきっかけに、初めて訪れたのですが、地域の方々がすごくアートに関心を持っていたり、手伝ってくれる方やスタッフの方もアートに対してすごくアツい情熱を持っていて。 今年も別の芸術祭をやるようなので、遊びに行きたいなと思っています。


My Rule

わにぶちさんが絵を描く上でのルール


「集中力を分散させるコト」


私の場合、ストイックになり切れない部分もあるので、制作スペースにあるデスクにアイデアを走り書きした紙とかを、放ったらかしにしておいて、それを片付けたり、何か文章を書いてみたりしながら、色々しながら制作をするっていうスタイルなんですよね。他のことで手を動かしつつ、制作しつつ、みたいな(笑)。色々集中力を分散させている感じですね。