画家 兼 りんご農家として。 雑草のように生い茂る「描きたい気持ち」

あの絵を描く、あの人は、どんな人生を送って、どんなことを考えながら生きてきた?

Casieに所属する人気アーティストにインタビューするこの企画。

第7弾は上林 泰平(かんばやしたいへい)。岐阜県・飛騨高山の自然豊かな町に生まれ育ち、高校生から登山に親しむ。山荘で10年間働いた経験を経て、現在は長野県飯田市のアトリエにて絵画作品を制作する、実力派アーティスト。

そんな彼のルーツを幼少期まで遡るとともに、最近感じた「変化」についてもお話ししてもらいました。


上林 泰平(かんばやしたいへい)
岐阜県、飛騨高山で生まれ育つ。現在は長野県飯田市在住。高校時代には登山部に所属し、その後10年間山荘で働くなど、山をこよなく愛している。小学生の頃から高校時代に通っていたアート塾を始まりに絵を描き始め、山荘を退職後に本格的な創作活動を始める。第104回二科展では新人賞など、様々な受賞実績を持つ実力派アーティスト。
Instagram:https://www.instagram.com/taihei_kanba/
web site:http://k-taihei.sakura.ne.jp/


10年間勤めた「山荘」を辞めて


— 以前のインタビューで、本格的に制作活動を始めたのは、「10年間勤めた山荘を辞めたときだった」とお話ししてくれましたよね。


上林 泰平(以下、上林) :そうですね。山荘の仕事を辞めたのは、ちょうど27、28歳の頃だったのですが、それは大きな転機だったと思います。年齢も年齢だったので、このままずっと山荘にいるか、それとも絵を描いて生きていくのか……。色々と考えた結果「絵を描くこと」の方が、僕にとって未知の世界だったんですよね。なので「絵」を選ぶことにしました。


「往く道」上林 泰平


— 本格的に制作を始めたのは大人になってからですが、絵を描くことは幼い頃から好きだったんですか?


上林 :昔から、落書きをするのは大好きでしたね。学校の机はいつも真っ黒でした(笑)。特別、絵が上手な訳ではなかったんですけど、母親が絵を描くのが好きだったのもあって、小学生から高校生までは、地元のアートスクールに通っていました。そのアートスクールでは、絵を描くだけじゃなく、自然の中で遊びながら、色々なものを使ってものづくりをしていたんですけど、その頃の経験は、今の制作にも活きているような気がします。


— 例えば、どんなことですか?


上林 :これにはこれを使わなきゃいけないとかではなく、「どんな材料を使ってもいいんだ」という、自由な発想になりました。これは、アートスクールで学んだことだと思います。


— その頃の記憶で、特に覚えている出来事はありますか?


上林 :んー、僕いじめられっ子だったんですよね。結構その記憶が強いかもしれないです。今では信じられないのですが、気が弱くて、あまり話さない子供だったんですよ。しかも、絵を描いてても、褒められることはほとんどなかったですし(笑)。


ルシヨン村


— え、そうなんですか?


上林 :そうそう。大体子供って褒めてもらえると思うんですけど、僕の場合はいつも「下手くそ」って言われてました。50回に1回くらいの割合で褒めてもらえるかどうか、というくらいでしたね(笑)。


— えー! それでも上林さんが絵を描き続けていたのって、なぜだったんですか?


上林 :なんでだったんだろう(笑)。小さい時は「誰かに観て欲しい」という思いが、それほど強くなかったんだと思います。だから、他人の評価にもそんなに興味がなかったのかも。絵を続けていたのは何となくだったけど、「これ以外にやりたいことがないな」とは思ってはいましたね。


絵のない時間は、たった数日でも苦しい


— 上林さんの作品は、動物や風景画のイメージが強いですが、普段作品を描く時、どんなものからインスピレーションを得ていますか?


上林 :少し前までは、山荘にいた頃に見ていた「自然」や「動物」をモチーフにすることが多かったのですが、最近はその頃の思いは少し整理していますね。公募展に出すような作品は、自分の個性の見える抽象ぽい作品が多いですが、他の作品は、その時関わっている人のことを考えて描いたり、それまでの自分を思い起こして描いたりするようになりました。でも結局、自然も動物も人間も「現実世界」からインスピレーションを得ていることは変わらないのかなと思います。


— 確かにどれも空想のものではなく「現実」にあるものを描いていますね。


上林 :そうそう。ダリのように「空想」を描くことに憧れた時期もあったんですけどね。でも、全然続かなくて、これは僕に合ってないなと気づいてやめたんです(笑)。


— ちなみに、上林さんが制作する中で、1番テンションが上がるのは、どんな時ですか?


上林 :描き始めに「下地」を塗る時がテンション上がりますね。下地なので、無茶苦茶にやってもいい訳じゃないですか、それが楽しくて(笑)。あとは、次に描く絵を思い浮かべている時や、仕上げの段階も好きです。最後に一筆入れて、画面がぴったり収まったときは、すごく嬉しい瞬間ですね。


東京・銀座「gallery art point selection」


— そういえば、上林さんって、今までに「スランプ」的な時期はないんですか?


上林 :それが、ないみたいなんですよね。僕が思ってたスランプって「10日」とかだったんですよ。それを画家の友達に話したら「それはスランプじゃない」って、ビックリされましたけど(笑)。僕にとっては、10日でも結構長くて、絵を描いていない日々が続くと、本当に最悪の気分になるんですよね。


— “最悪な気分”とは?


上林 :「なんのために僕はここにいるんだろう」っていう気分になっちゃうんです。どんどん、自己肯定感が低くなって、自分のことを嫌いになっていってしまうような……。だから、ほとんどスランプもなく、ずっと絵を描き続けているんだと思います。


リンゴ農家の仕事と、二科新人賞と


— 上林さんって、現在画家以外に、何かお仕事はされているんですか?


上林 :妻の実家がリンゴ農家をやっているので、その後継ぎとして「リンゴ農家」の仕事をしています。


— リンゴ農家というと、かなり朝が早そうですよね。仕事を始めてから、生活リズムや制作のしかたは変わりましたか?


上林 :そうですね。以前は、自分の好きなように時間を使っていたんですけど、今はそういう訳にもいかないので、雨で仕事がない日や、仕事が終わった後に、アトリエへ出かけて制作しています。


— アトリエは、自宅とは別の場所にあるんですか?


上林 :そうなんですよ。元々はそこに住んでいたんですけど、今は別の場所に住んでいるので、「絵を描く専用」の部屋として、使っていますね。基本、絵を描くときはアトリエに1人でこもっています。絵の仕事がうまくいけば、リンゴの仕事にもいい影響があるだろうし、逆も然りなので、うまく両立していければ良いなと思っていますね。


『二科展』展示の様子(上林さんの作品は、中央の縦2つ)



— 最近では、『二科新人賞(第104回)』を受賞されたりと、さらに活躍の幅が広がっている上林さんですが、主にどんな活動に力を入れていますか?


上林 :新人賞をいただいてからは、二科展に関する色々な展示に呼んでもらえるようになったので、主に展示用の作品を制作しています。あとは、最近は自分の制作だけでなく、地元での活動にも力を入れていますね。僕の住んでいる長野県飯田市って、とても「画家」が多い街なんですよ。


— へー! だから、上林さんの周りには画家仲間が多いんですね。


上林 :そうかもしれないです。若い子よりも、お年寄りの方が圧倒的に数は多いんですけど、中には世界でも売れているような作家や、二科展で1番上の賞を受賞するような方もいるんですよ。


— 以前のインタビューで「長野県飯田市のシャッター街に絵を描きたい」とお話ししていましたよね。


上林 :そう、それ!! すごくやりたいんですけど、なかなか難しくてまだ実現できていないんです……。最近では飯田市で毎年開催している「若造展」という展覧会のリーダーをやったりしていました。今は落ち着いちゃっていますが(笑)。


— 「若造展」は、どんな展覧会ですか?


上林 :高校生以上40歳未満の画家であれば、無料で出展できる展覧会なんです。元々ずっと関わっていたこともあって、数年前にリーダーになったのですが、なかなか難しいですね(笑)。展示の広告を作ったり、レイアウトを決めたり……、試行錯誤しているのですが、色々うまくいかず頓挫しています(笑)。


雑草みたいに生い茂る「絵を描きたい気持ち」


— そういえば、昨年11月にお子さんが生まれたそうですね。おめでとうございます!


上林 :そうなんです! 実は子供が生まれたことをきっかけに、絵に対する向き合い方に少し変化があったんですよね。


猫が行く先


— それは、どんな変化ですか?


上林 :子供が生まれて、アトリエに絵を描きに行った時に、変な「違和感」のようなものを感じたんです。これは何なんだろうって思って、友達に相談したら、すごく分かりやすく説明してくれたんですよ。「今まで100の気持ちで絵に向かってきたのに、他にも100の気持ちで向かわなきゃいけない相手(子供)が現れたから、それが違和感になっているんじゃないの?」って。命をかけなきゃいけないものが、2つになったということですね。


— なるほど。それは、どう解決したんですか?


上林 :まだ解決はしてないですね。常にモヤモヤした感じはあるんですけど、最近では、むしろ「隙間」が無くなってよかったのかなと思っています。今までは「絵ばっかりやっとっていいんだろうか……」という、変な隙間みたいなものが常にあったので、そこを「子供」という存在が埋めてくれて、「絵」のことを、より大事にできるようになった気がします。こないだ、ふと思ったんですけど、僕の「絵を描きたい気持ち」って、まるで「雑草」みたいなんですよね。


— 雑草とは?


上林 :仕事中、草を刈りながら思ったんです。雑草って、刈っても刈っても、次々に生えてくるじゃないですか。4mとか5mにもなるススキを見ていたら「これは、僕が絵を描きたいと思う気持ちに似ているな」って(笑)。

描いても描いても「絵を描きたい気持ち」が、どんどん湧き出てくる。気付いたらススキのように生い茂っているんです。だから今日も僕はアトリエへ出かけるんだと思います。


Best Art Spot

上林さんがアートを感じるスポット


白草山 / 長野県・岐阜県


上林さん撮影


白草山(しらくさやま)は、高校生の頃に初めて登った時から、ずっと大好きな山です。頂上に出ると笹が広がっていて、その景色がすごく美しいんですよね。片道2時間くらいで登れる山なので、登山初心者にもオススメの山です。

・スポット情報

所在地:長野県木曽郡王滝村、岐阜県下呂市


My Rule

上林さんが絵を描く上でのルール


「絵を描く前の“精神統一”」


絵を描く前に、床にひれ伏すような姿勢で、1分くらい瞑想みたいなことしています。絵を描くときには、余計なことを考えたくないので、無意識の状態を作るための「精神統一」みたいなものですね。無音の状態でやることもあれば、爆音で音楽をかけてやることも。ちなみに制作中は、いつも爆音で音楽を流しています(笑)。