島根県出身。高校卒業後、進路を迷う中で、母親がすすめてくれた武蔵野美術大学 通信課程へ進学。そのタイミングで恩師である永尾氏に出会い基礎を学ぶ。卒業後は鹿児島県での暮らしを経て、東京へ。個展やグループ展、フライヤー作成などの活動をしながら、どこか切なく愛のある作品を描く。
主な実績:銀座step gallery 個展(2016), 東光展 入選(3回)、舞台美術など
影響を受けた作家:モーリス・ド・ヴラマンク, エドワード・ホッパー, 永尾和子(地元の恩師)
高校卒業後、進路を迷っているときに母親から美術大学への進学を勧められたという江川さん。それまでに「絵を描きたい」と母親に...
島根県出身。高校卒業後、進路を迷う中で、母親がすすめてくれた武蔵野美術大学 通信課程へ進学。そのタイミングで恩師である永尾氏に出会い基礎を学ぶ。卒業後は鹿児島県での暮らしを経て、東京へ。個展やグループ展、フライヤー作成などの活動をしながら、どこか切なく愛のある作品を描く。
主な実績:銀座step gallery 個展(2016), 東光展 入選(3回)、舞台美術など
影響を受けた作家:モーリス・ド・ヴラマンク, エドワード・ホッパー, 永尾和子(地元の恩師)
高校卒業後、進路を迷っているときに母親から美術大学への進学を勧められたという江川さん。それまでに「絵を描きたい」と母親に話したことはなかったという。そんなこんなで美大への進学を決めたものの、何の画材を買っていいかもわからなっかたという江川さんは、地元島根のカルチャーセンターを訪れた。そこで「恩師」と呼べる人物に出会う。そんな恩師の他にも、一緒に上京したという役者をしている親友や仲の良い友人や家族の存在が、今の江川さんを作っているようだ。
- 江川さんのお母様は何故、絵の道を勧めたのか気になりますね。 また「恩師」と呼ばれる方はどんな感じの方なのでしょうか?
きっと母親は、僕が美術の課題をわざわざ持って帰って描いたりとか、情熱大陸(TV番組)で写真家やダンサーといった方達、いわゆる表現者の回を好んで観ていたのを、母親は知っていたのかもしれません。 ちなみに恩師の方はビールを飲みながら絵を描いているようなおばあちゃんですね(笑) 今でも個展をやりますって連絡すると電報をくれるんです。
- 江川さんの作品は“切なくて、愛おしい”感じが漂っているように感じますが、なにか描く際に意識していることはあるのでしょうか。
東京という街にはすごく刺激を受けているんですけど、絵を描く時に思い浮かべるのは、海とか山とか、そんな地元(島根)の景色だったりするんです。